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父を見送る その2 [いわゆる日記]

仕事用のPCを持ち帰っていたので在宅勤務を続けつつ病院通いの日々を過ごす。その間、義兄や私の家族もかわいいひ孫も父を見舞った。毎年一緒に旅行に行くほど仲の良い母方の兄弟に会える11月3日を無事に迎えることもできた。さすがにその晩は少し興奮して熱が出たそうだが状態は安定している。振替休日の11/4には交代でつきそっていた私たち姉弟もいったん解散、それぞれの生活に戻ることとなった。

そして11月8日(金)。たまたまその日は外出先直行で少しゆっくり家を出ようかというその時、母から電話が。「看護師さんが来て、家族を呼んだほうがいいと」「先生が来て・・呼吸してない」さすがに混乱してたんだろう。後で死亡診断書を見たらこの時点で亡くなっていたようだ。会社関係の連絡をして仕事は休み実家、病院へ向かう。

先週のこともあって大分覚悟はできていたからか淡々とした心持ち。新幹線車内では仕事のメールをこなす。そして実家のある岐阜駅着。病院へはバス便なんだがちょうどいい時間のバスがない。仕方なく接続していた東海道線の列車で一駅先の西岐阜駅へ。私が上京してからできた新設の駅でなじみがないがここからなら歩いて病院へ行けそう。のどかな駅からの道を歩きつつ、先に駆けつけた姉へ電話。病室はもう引き払われ霊安室にいるそうだ。亡くなった、という事がだんだん実感されてくる。

そして病院着。霊安室という所に入るのはこれがはじめて(あまり入りたくないところですよね)そこに亡くなった父がいた。細長い部屋の隅に母と叔母がいた。白い布を顔に掛けられた父。その時は苦しまずすーっと息を引き取ったと聞かされた。お疲れ様でした、というのがその時出た感情だった。

さて、その後をどうするか。先週あれだけ時間があったにも関わらず意外に肝心なことが決まってない。葬儀社は姪が来春就職する会社があるので父の意向もあってそこにすることは決まっていたが、葬儀までの間をどうやってすごすかなんてのは想像できてなかった。実家は狭い階段を三階まで上がらないといけないから葬祭場にとぼんやり思っていたが母や叔母の意向もあり急遽自宅へ搬送することに。とはいえ三階までは無理なので閉店した店のスペースにベッドを置くことになった。

病院の先生から最後の言葉と死亡診断書をいただき霊安室から移送車に。母と車内から外を見る。見慣れた街もなんだか違った景色に見える。

ここから通夜、告別式の準備が始まる。


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